Baroqueの優雅な昼下り

2010年3月24日水曜日

あれこれ

西洋からみたアジアが 前から気になっていた。











    A         B

   

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     A


私達は、西洋人の解釈による


トルコ、イスラム等の歴史の教育を


学んできたのではないでしょうか。


学ぶというよりは、


疑問も持たずに、試験のために


暗記してきたようにおもいます。


             



‘戦いにどちらが、悪いか’ をいうのは、難しい事が多いでしょう。


戦争のどちらかがどう~。という事は、歴史も証明してくれないでしょう。


偶然 ( ↑ ・左 )の本 を、みつけました。




アラブが見た十字軍 アミン・マアルーフ(ムロ田口義郎・新川雅子) 


   1986年訳




このレバノン生まれパリ在住の著者はジャーナリストだそうです。(西洋と中東の専門家)


読む前は、西洋に対しての恨みを延々と書かれてるのでは~と思ってもいました。(西洋・特に東欧の人々に、トルコが、トルコが・・・・。と延々とのべる人が多いです。)でも、この本はそうではないです。ジャーナリストらしく冷静に伝えてます。反十字軍からの言葉ではありますが、題名・前書き・終章を除いて 十字軍 なる言葉が1回も使われていません。フランク という言葉を選んでます。


なじみのないアラブの歴史は、私にとって難しく 著者はやさしく語ってくれてますが、挫折しそうな気分でした。理解できない部分は飛ばしました。(単にアラブといってもイスラムではありますが、トルコとアラブは少し違います。)


11世紀初(1099年)エルサレムの陥落により、千年の対立がここに始まりました。以後二世紀に渡って植民地化されました。根を引き抜かれてしまいましたが、ムスリムは見事立ち直りオスマン・トルコの旗のもとにヨーロッパそのものの征服に出かけ 1453年コンスタンテイノープルを掌中にしました。1529年には、ウイーンの城壁にまでたどりついてます。


高度に進んだアラブの文化やギリシャ文明(後継者であるアラブを介して初めて西ヨーロッパに伝わる)はフランクがアラビア語の著書から知識を得、同化し、模倣し、そして追い越した。 西は東を学んだが、アラブは心を開こうとしなかった。といってます。今でもこの思いはあるようです。






                   B


  ( ↑ 右 )ルネサンスと地中海 樺山紘一 1996年(2007年補遺)


地中海つながりで、マスコミでもおなじみの樺山紘一氏の ↑を読んでます。

ワクワクしながら読んでます。


日本人学者の分かりやすい文章と内容は楽しい!


               ♪


A は読んでる時 目を吊り上げて読んでたとおもいます。

B は 只今 読書中ですが、思わず ほほえみ が でてるのを意識してます。








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