Baroqueの優雅な昼下り

2010年6月18日金曜日

地図3枚 T-シャツ6枚 ②

今回の旅行では、 国の関係を知るために 地図3枚 を 準備しました。大きな書店で購入しました。(八重洲ブックセンター で です。)1/800000、1/500000、1/450000 です。 ↓




           ・・・・・・♪・・・・





短い滞在、忙しい観光ですが、各国でT-シャツを買いました。 ↓

ミュンヘン、マケドニア、アルバニア、モンテネグロ、ボスニアヘルツエゴビナ、クロアチア です。
わたしは、訪問国のT-シャツをよく買います。(帰って・脱いで・はいお土産)

いつもと同じ、軽い気持でマケドニアで買ったのを翌日アルバニアで着てました。鈍いわたしが周囲のきびしい、するどい、冷たい視線に気がつくまで何分もかかりませんでした。(コソボ問題でアルバニアとセルビアモンテネグロの関係については、報道などで知ってはいましたが・・・。)

さすがにモンテネグロでアルバニアのシャツは着ませんでした。

クロアチアでは大丈夫と思いモンテネグロのシャツを着ました。見知らぬ人に2度も、‘no good !’ ‘good bye Montenegro !’などなど・・・。

さすがにびっくりして

サラエボでは、ボスニアヘルツエゴビナのシャツを着てましたら

これは 受けました。古いセルビア正教会の学芸員のような女の人がキャーキャー何かいってニコニコです。礼拝堂内の壁画を修復中の人を大声で呼び出してT-シャツみせて大喜び!
又、大声で個人の名前らしきものを叫び4人ぐらい呼び出し 拍手デス・・・・。

多分、国と民族と宗教が一致したのでしょう。同じ日ボスニアのノーベル賞作家イヴォ・アンドリッチのふるさと ドリナの橋 近くでも(注:イケメン)が ‘このシャツは、interest’! (○ か × かは、雰囲気で判断しました。)

又、前日モスタルとサラエボ(ここも、実は、オーストリアの皇太子がボスニア党のセルビアの青年に暗殺され第一次世界大戦の発端となったラテン橋の場所です。マア1914年の事ですが・・・。)では、以前にオーストリアで買ったno kangarooのシャツを着てました。なんと1度といわず2度も観光客らしき人々に呼び止められ ‘われわれは、オーストリアから着ました。貴女のシャツはおもしろい!ともうニコニコ です。ニコニコは ヨーロッパ人にしてはめずらしいです。  

*恐るべしヨーロッパのT-シャツ*


のこりの日々は、ラスベガスのシャツと日本はイッセイ・ミヤケでした。







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4 件のコメント:

2010年6月18日 22:14 に投稿, Anonymous Gacktoh さんは書きました...

こんばんは。
いつもお世話になっております。

旅行ですがツアーで行かれるのですか?それとも個人ですが? メジャーな国ではないので、そんな事にきになりました。

 
2010年6月19日 6:54 に投稿, Blogger noribeyaoyaji さんは書きました...

 コマッタ人ですね、旅行に行って国民感情をあおってどうするのですか。でも、撃たれなくてヨカッタですね。(笑)

 
2010年6月19日 13:15 に投稿, Blogger Baroque さんは書きました...

Gacktoh様
まあ、Gacktoh様
激震・緊張(♪おすもう・サッカー♪)
のこの時間 !
に いらっしゃいませ。

いつも、ありがとうございます。

旅行は 団体 でいってきました。
(それも、表現の仕方が 適切か 否か が、わかりませんが、‘オタク’ 集団!
‘我こそは まとも’ と信じてる団体デス )

 
2010年6月19日 13:27 に投稿, Blogger Baroque さんは書きました...

oyaji殿
ヤッパ まずかったカナ・・・・

バスで 国境越え の スリル を、
ひっそりと味わい ひっそりと興奮してる
のが、
正しい‘東ヨーロッパの歩き方’なのでしょうか?
 ( 3枚くらい残ってる 栃東のT-シャツ   着て・・・。 )

 

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