Baroqueの優雅な昼下り

2010年6月22日火曜日

ドブロヴニク(クロアチア) ⑩

ドブロヴニク(クロアチアの飛び地)です。


1991年に独立を宣言すると内戦になりました。 


このとき砲弾を受けた場所を示す地図が市内に何箇所かあります。 ↓


(近くのスルジ山には今でも地雷が埋められてるようです。赤いドクロのマークの標識があるそうです。)


今は再建と修復が進められてます。(修復の専門家、技師は、ワルシャワの町の戦後の復興にかかわった ポーランドの専門家などの援助を受けたそうです。)


ドブロヴニクは、ヴェネチアと同じような歴史をもってます。(ヴェネチアは異民族に侵入されて浅瀬に逃げ込んでつくられた町です。浅瀬や湿地に無数の杭を打ち込みその上に町を築きました。)ドブロヴニクの人々は、他民族に攻撃され小島の岩塊を新しい住みかにしました。城壁に守られたこじんまりとした町です。





町の守護聖人 聖ヴラホの像 がまちのいたるところにあります。左手にドブロヴニクの都市を持ってます。沢山写しました。↓
偶然右手に都市を持ってるのをみつけました。 ↓ (別の聖人でしょうか?)





















うつくしい フランシスコ修道院 ↓



修復してます。 ↓ 石油系のメデイウムの匂い がすごいです。






 ↓は、大聖堂 です。主聖壇は ‘テッツアーノの 聖母被昇天 ’です。対岸のヴェネチア派の巨匠にドブロヴニクが主聖壇を注文したのは アドリア海とルネッサンスの交流を物語ってます。 (近くで見ることはできませんでした。)




カトリックの町ではありますが、地理的に境界線に位置してます。


市内には小さなモスク・セルビア正教会・シナゴーグが一つずつ残ってます。


↓は、シナゴーグ


(ヨーロッパでもっともよく保存されてるといわれてます。)





シナゴーグのお兄さんと少しお話しできました。


国技館で先日買ったばかりの


‘お相撲さんの名前が漢字で書いてあるキイホルダー’を プレゼントしました。
 ‘す も う レ ス ラ ー’ を知ってるカワイイ青年でした。

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2 件のコメント:

2010年6月22日 19:34 に投稿, Blogger noribeyaoyaji さんは書きました...

映画の見過ぎでしょうか、聖人が動きそうに見えます。・・・・ハムナプトラ
世界に通用する相撲レスラー達はどうなるのでしょうね。ウミは出し切れるのでしょうか。

 
2010年6月23日 20:47 に投稿, Blogger Baroque さんは書きました...

日本相撲協会は文科省から離れて
‘ 相撲省 ’っての つくるのがいいとおもいます。 

 

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